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月刊誌ナイルス・ナイル
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ナイスルナイルはよりよいライフスタイルを提案するカルチャーファッション誌です。
世界的に活躍する日本人画家、彫刻家などのアーティストをピックアップ。
このコラムは2005年12月号より2007年9月号までに連載した記事と現在執筆のもの。
2007.9月号 NO.128 カバーフォト:Yoshie Nishikawa---------発行:ナイルスコミュニケーションズ
[登場アーティスト]
杉本博司(No.107 )
篠原有史男(No.108 )
黒田アキ(No.109)
荒川修作(No.110)
中島由夫(No.111)
安田侃(No.112)
小林孝宣(No.113)
外尾悦郎(No.114)
ジミー大西(No.115)
松山修平(No.116)
草間彌生(No.117)
村上隆(No.118)
森万里子(No.119)
奈良美智(No.120)
川俣正(No.121)
千住博(No.122)
新宮晋(No.123)
リー・ウー・ハン(No.124)
絹谷幸二(No.125)
横尾忠則(No.126)
大竹伸朗(No.128)
ヘルマン・ニッチェ(No.176)

スクラップ・ブックとアート ー 大竹伸朗(おおたけしんろう)


 この原稿はパソコンで書いている。ここ数年、字を書く機会がすごく減った。あっても自分の展覧会の案内を送るとき一言二言、メッセージを記すくらいだ。しかし十数年前まではメールもインターネットもないから手紙を書いていた。ミミズがはったような稚拙な文字の手紙を封筒に入れ、切手を貼る。そう言えば自分は小学校の頃、趣味のひとつが切手収集だった。
 郵便学の内藤陽介氏によれば我が国に大きな切手ブームが1958年頃、64年頃、70年頃の3回あったという。自分は64年頃の第二次切手ブームの時に夢中になった。切手には名画がよく描かれていた。特に国際文通週間の東海道五十三次、切手趣味週間の歌麿や写楽、黒田清輝など今でも気に入っている絵がいくつかある。社会人になってそれら本物を目にしたとき、感動より懐かしさが先に浮かぶのはおそらく自分だけではないだろう。
 大竹伸朗。55年東京生まれ。80年武蔵野美術大学卒業。84年外苑前のギャラリーワタリでやった2回目の個展を自分は見ている。キャンバスにレリーフ状になったピーナッツのキャラクターやらノイズ系バンドでも活動していた大竹氏らしくエレキギターを貼った作品だった。
 それから日本は世界同様、ニューペインティングの影響か、ヘタウマブームが頂点になると同時に若手現代美術界のトップランナー的存在となっていく。85年ロンドンICAで個展、86年アーティスト・ブック『〈倫敦/香港 1980〉』を刊行。造本装幀コンクール豪華本部門最優秀賞、ADC最高賞などを受賞。87年今はなき佐賀町エキジビット・スペースで個展開催。88年からアトリエを宇和島に構える。89年にはアメリカの招聘で米国滞在、NY州で制作。毎年のように精力的に発表を続け昨年、東京都現代美術館で回顧展的展覧会「全景 1955-2006」を開催。再び大竹伸朗がクローズアップされるようになる。また93年、絵本『ジャリおじさん』刊行。第43回小学館絵画賞、’95ブラティスラヴァ世界絵本原画ビエンナーレ金牌を受賞するなど書籍も多く手がけている。
 ところで大竹氏の仕事で特に有名なのはスクラップ・ブック作品だ。いろんな身の回りのチラシやら包装紙やら切り抜きやらをノートなどに貼り込みメモを書いたりスケッチを描いたりしたものだ。
 彼は大学入学後すぐに休学、北海道の牧場で働いたりして1年近く放浪。77年再び休学、今度はイギリスへ渡る。滞英中、蚤の市で大量のマッチラベルとそれらを貼り込んだノートに出会い天啓を受けたように購入、後のライフワークともなるスクラップ・ブック制作を決定づける。
 それは彼にとって自然な帰着ではないだろうか。つまり放浪癖に近い旅人・大竹氏がどこでもいつでもできるスタイルだからだ。とりあえずノートと糊があれば旅先でもどんどん作れる。だから大竹氏はあえてレディ・メイドとかコラージュ、アセンブラージュやコンバインアートなど難解な美術用語は使わない。貼る。それが一番ふさわしいと明言する。
 話は変るが、なんと「全景1955-2006」展図録は1100ページ、6kgという、もはや書籍の域を越え筋トレグッズなみなのだ。大竹氏の展覧会開催の条件は図録を必ず作ってもらう、とあるように本への執着は強い。自らアートの原体験は雑誌だったと回想もしている。
 最近ではスクラップ・ブックも白いノートなどを使うのではなくダ・ビンチなどけっこう豪華な画集などに貼り込む。なぜならダ・ビンチの切り抜きを貼る必要がないから、と答える。それは800ページ、26kgになったというからもはやスクラップ・ブックみたいな彫刻である。
 以前は小さいものを常に持ち歩いていて、すぐに人に見せられるのも利点だったらしい。携帯電話じゃないが携帯エキヒビション感覚だ。先にも述べたがそれは彼のノマディズムな生き方には一番ふさわしい発表形態だったのではないだろうか。もちろんスクラップ・ブック以外にも大きな立体やタブローもある。当然それらの作品群も色々なものが貼り込まれたものが多い。
 旅先から送る絵葉書や手紙。切手を貼るとき一瞬よぎる自分の気持ちを封印する感覚。もう後戻れない予感。大竹氏は、自分の勝手な想像だが、貼り続けることで1秒1秒を、つまり自分自身の記憶や過去を封印しているのではないだろうか。自由を得るため過去のしがらみから解放を願うがごとく貼り続けているのではないだろうか。
 なぜならアーティストは自由を探す旅人だから。
 
参考文献:『ユリイカ11月号』青土社(2006)、『既にそこにあるもの』筑摩書房(2005)

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