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月刊誌ナイルス・ナイル
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ナイスルナイルはよりよいライフスタイルを提案するカルチャーファッション誌です。
世界的に活躍する日本人画家、彫刻家などのアーティストをピックアップ。
このコラムは2005年12月号より2007年9月号までに連載した記事と現在執筆のもの。
2007.7月号 NO.126 カバーフォト:TONY---------発行:ナイルスコミュニケーションズ
[登場アーティスト]
杉本博司(No.107 )
篠原有史男(No.108 )
黒田アキ(No.109)
荒川修作(No.110)
中島由夫(No.111)
安田侃(No.112)
小林孝宣(No.113)
外尾悦郎(No.114)
ジミー大西(No.115)
松山修平(No.116)
草間彌生(No.117)
村上隆(No.118)
森万里子(No.119)
奈良美智(No.120)
川俣正(No.121)
千住博(No.122)
新宮晋(No.123)
リー・ウー・ハン(No.124)
絹谷幸二(No.125)
横尾忠則(No.126)
大竹伸朗(No.128)
ヘルマン・ニッチェ(No.176)

デザイナーと画家 ー 横尾忠則(よこおただのり)


「初心忘るベからず」。能の大成者、世阿弥の『花鏡』にでてくる有名な言葉だ。若い頃の初々しい情熱や感動を思い出し、自分の増長や慣れを改め足下を見直すという箴言ではない。習いはじめの失敗や醜さなどの屈辱を忘れずに今の自分を奮い立たせよ、という意味だそうだ。だからここで言う初心とはよくないことなのだ。
 また、他にもいろいろな言葉を残している。『花伝書(風姿花伝)』に出てくる「時分の花」や「男時女時(おどき・めどき)」なども聞いたことがあると思う。
 「時分の花」とは若さがあると華やかで芸が引き立つだろうがそれは本来の芸ではない。若さはやがて失われるのだから真の花を身に付けよ、という意味。
 「男時女時」は女性には申し訳ないが、男時とは勢いがでて調子のよい時、女時は低調で充電の時。それら自分のコンディションをよくわきまえて演ずるがよい、というような例えだ。
 横尾忠則。日本で一番名の知れたクリエイターではないだろうか。イラストレーター・グラフィックデザイナーという職業をここまで一般的にしたのも彼の活躍があったからだと言える。
 1936年兵庫県生まれ。美術大学を目指すが試験前夜、恩師からいきなり受験は辞めろ、といわれ受験当日、素直に地元に戻ってしまう。それから神戸新聞社へ入社。デザイナーとしての頭角を現わしはじめる。おそらく恩師の言葉にしたがっていなければまったく違う人生を歩んでいたことは確かだろう。
 60年代からメディアへの露出ぶりはすさまじかった。それは横尾自身があえてメディアを楽しんでいたと述べていることからもわかる。サイケデリックムーブメントの主人公として一時期、若者たちのカリスマ的存在にもなった。
 65年毎日産業デザイン賞受賞を皮切りに第6回パリ青年ビエンナーレ版画部門グランプリ、大阪万博せんい館パビリオン制作、海外でもニューヨーク近代美術館やアムステルダム市立美術館、ボストン美術館などで個展。ベネチアおよびサンパウロ・ビエンナーレ招待出品、ベルギー国立20世紀バレエ団ミラノスカラ座公演舞台美術制作。唐十郎・状況劇場のポスター「腰巻きお仙」(66年)は世界のポスター展「World&image」で60年代を代表する作品にも選ばれている。国内外での展覧会や受賞歴は多すぎて省くが、オカルト、UFO、神秘主義、ヒッピーカルチャーなどもおそらく彼が流行のトリガーを引いたと言っても過言ではない。
 それほどまで時代の寵児を突き進んでいた彼が突然、ニューヨーク近代美術館でのピカソ展(80年)をみた直後、デザイナーという肩書きを捨て画家宣言をしてしまう。
 80年代はじめ現代美術界はニューペインティングという新しい潮流が渦巻きはじめていた。イタリアではトランスアバンギャルド、ドイツではノイエビルダーというように同時発生。それまでのミニマルアートやコンセプチュアルアートなど難解でビジュアル的に面白みの欠けるアート業界の閉塞感が一気に炸裂、世界を席巻する。マスコミはそのムーブメントを後から知ると迎合だ、モノマネだと揶揄し始めた。
 しかし横尾氏のスゴイのはそんなことも意に介せず、まい進していくバイタリティだ。人がなんと言おうと自分は感動したから、面白いからという本心にしたがって素直に行動にうつす。が、その反面、恩師の一言で受験を寸前で辞めて帰郷してしまうような面も持ち合わせているから不思議である。
 横尾氏は現在、01年原美術館の個展で最初に発表したY字路を描いた風景画シリーズのモチーフを続けている。それは近所の町中でよく出くわす場所だ。右側か左側か、どちらに進むのか指し示すような光景だ。道路標識があり一軒家が建っている。街路灯が冷たく輝く夜景だったりコントラスト強い原色の踊る画面だったりそのパターンは多様だが、すべてに言えることは三差路なのだ。つまりどの道を選ぶかで行き着く場所は大きく変る。受験の時のように横尾氏は何度も人生の選択を経験しているのだろう、と感じさせずには得ないモチーフなのだ。
 そんな横尾氏に初心忘れるべからず、という言葉は必要ないのだろう。男時女時も関係なさそうだ。もちろん真の花であることは言うまでもない。  

参考文献:『見えるものと観えないもの』筑摩書房(1997)、平凡社新書『横尾流現代美術』平凡社(2002)、『ぼくは閃きを味方に生きてきた』光文社(1998)

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