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月刊誌ナイルス・ナイル
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ナイスルナイルはよりよいライフスタイルを提案するカルチャーファッション誌です。
世界的に活躍する日本人画家、彫刻家などのアーティストをピックアップ。
このコラムは2005年12月号より2007年9月号までに連載した記事と現在執筆のもの。
2006.3月号 NO.110 カバーフォト:©安藤忠雄文築国際---------発行:ナイルスコミュニケーションズ
[登場アーティスト]
杉本博司(No.107 )
篠原有史男(No.108 )
黒田アキ(No.109)
荒川修作(No.110)
中島由夫(No.111)
安田侃(No.112)
小林孝宣(No.113)
外尾悦郎(No.114)
ジミー大西(No.115)
松山修平(No.116)
草間彌生(No.117)
村上隆(No.118)
森万里子(No.119)
奈良美智(No.120)
川俣正(No.121)
千住博(No.122)
新宮晋(No.123)
リー・ウー・ハン(No.124)
絹谷幸二(No.125)
横尾忠則(No.126)
大竹伸朗(No.128)
ヘルマン・ニッチェ(No.176)

現代美術はむずかしい? ー 荒川修作(あらかわしゅうさく)


 現代美術って難しくて・・・とか、素人なのでわかりません、とよく耳にする。現代美術に対して、とりあえず<そう>(点ルビ入れる)答えるよう教わったのか、と疑ってしまう。
 確かに現代美術と言われる作品は何をあらわしているか、わからないものが多い。作品タイトルや解説を読んだりすると難解な言葉、頻繁に使われる外国語・・・まったく専門家以外は立ち入れない雰囲気だ。
 どう見てもゴミを並べただけの作品、汚れた絵の具のシミにしか見えない作品、子供のいたずら書きとしか思えない絵、はては自分のウンチを缶詰にしてしまった有名な!作品すらある(イタリアのアーティスト、ピエロ・マンゾーニの作品)。そのうえ、それらが大きな美術館に展示され、一枚何千万円もしたりするのだ。かのウンコ缶詰は現在、1缶約800万円(内容量30g/発表時32ドル)もするそうだ。これでは現代美術がわからなくなってもいたしかたないか?!
 さて、その難解な現代美術で一躍世界的なアーティストになった荒川修作氏をとりあげてみたい。大きなキャンバスに文字や記号を描き、拡大された図面かメモ書きを思い起こさせる絵である。
 1936年名古屋に生まれる。高校では芥川賞作家・尾辻克彦でもある赤瀬川原平と同級だった。54年武蔵野美術大学に入学するが中退。60年、篠原有司男や吉村益信らとともにネオ・オルガナイザーズを結成。後に、個展「もうひとつの墓場」を独断で開催し脱会させられる。
 この頃『棺桶』シリーズというオブジェ(彫刻とは少しニュアンスが違う立体作品)を発表している。それらはコンクリートの塊に布を巻きエジプトのミイラを彷彿させる物体をつくり棺桶に納め、観客は暗いギャラリーでその箱の蓋をいちいち開け中をのぞき見るようなものだった(写真1)。当時「変身の新しい方法を見つけたい」と語っているように死を意識させるおどろおどろしい作品だ。
 日本の現代美術界ではすでに注目されてはいたが61年、ニューヨークに渡る。巨匠マルセル・デュシャンの知遇を得、たびたびチェス相手もするような仲になった。また思想的に大きな影響を与え共同制作者にもなる女性、マドリン・ギンズとも出会う。63年ドイツで個展、翌年ロサンジェルス・ドワンギャラリーで個展を開催する。ここで発表された作品には、棺桶シリーズのような暗さがなくなり、デュシャンの傑作『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』や『階段を降りる裸婦No.2』などからの引用も多く巨匠の多大な影響がうかがえるものだった。
 それから間もなく図式絵画とよばれるスタイルが確立、評価されてからの勢いはすさまじい(写真2)。第7回現代日本美術展で大原美術館賞受賞(’66)、第9回日本国際美術展で東京国立近代美術館賞受賞(’67)、第8回現代日本美術展で最優秀賞受賞(’68)、ドクメンタIV(カッセル)出品。ヴェネチア・ビネンナーレ出品(’70)、その後もアメリカのみならずヨーロッパ巡回展や、86年にはフランス政府よりシュバリエ・デザール・エ・レットル勲章授章。第28回日本芸術大賞(’95)、東京都レインボータウン臨海副都心まちづくりコンペティション特別賞(’99)、2003年には日本文化藝術振興賞、紫綬褒章受章などその功績ははかり知れず。創作活動も絵画にとどまらずマドリン・ギンズとの著作出版、95年、彼女との共同設計による「養老天命反転地」を岐阜県養老公園内に制作。05年、超未来住宅「三鷹天命反転住宅」(東京・三鷹市)の設計など創作意欲は建築まで広がっている。
 ところで、いくら国内外で絶大な評価を受けているとしても、こんな絵がなぜ?と疑問を抱く人もいるだろう。富士山やバラの花、裸婦などの方がキレイでわかりやすくて好きだ、という人が多いことは某テレビ番組「開運なんでも鑑定団」を見ていればよくわかる。
 少し脱線するが、それでは難解な現代美術とはいったい何か?ということを近代絵画の創始者と言われるセザンヌ(彼も当時は現代アーティストだ)を例にとって自分なりの考えを要約してみたい。
 セザンヌは作家自身の感情や感覚に素直に従うことがこれからの絵画だ、と思った。それまでのようなギリシャ神話や宗教または歴史的逸話、権力者たちの肖像を描くより身近にそびえるサント・ヴィクトワール山やトランプをする友達の姿を選んだ。また正確な描写や美しい色彩より、絵の具のぬり残しや勢いあまってゆがんでしまった形のほうが重要だった。
 当然、当時の絵画の常識ではあり得ないことで、子供の絵!下手すぎる!とアカデミックな知識人やお偉方たちにまったく相手にされなかった。いや彼のみならず後期印象派のゴッホなども同様だ。生前ゴッホの絵は売れる以前にタダでも気色悪い、と貰い手すらいなかった。しかし現在、彼らの絵は1枚数億円は下らない。
 つまり現代美術とは今までにない技法や素材を使い、かつてない題材によって創出されたもの、あるいは発見することなのだ。こうも言えないだろうか。すでにある美しいものを写すのではなく、新しい美(=知)の基準を作り出す、と。ゆえに現代美術は絵がウマイ、ヘタでは片付けられないのである。なぜならその作品はすでにあるものとは比べられないからだ。既存の言葉や感覚で説明できないから難しいとしか思えないのだ。
 天文学者が新しい星を発見したり、科学者が遺伝子の構造を解明したりするのと同じようにその作品は歴史に刻まれ、後世に伝えられる。オリンピックが肉体の限界を競うように、現代美術は美意識と知の限界を追い求めるのだ。
 荒川修作が世界で認められたのはそれに当てはまった。新たな表現方法と題材を発見したのだ。まさに変身の新しい方法を見つけたのである。
 でもやはり現代美術はむずかしい?!
※参考資料/「荒川修作を解読する」展カタログ(名古屋市美術館、読売新聞社発行、2005年、美術手帖61年8月号美術出版社発行)
[掲載写真]
1. Untitled Endurance No.2  名前のない耐えているもの No.2 1958年、セメント、綿、絵具 253.5 x 123.1 x 22.7cm(名古屋市美術館所蔵)
2. Insertion within a Temperature / We 熱をもつもののなかに入れること/私たち 1979-80年、アクリル、鉛筆、コラージュ/キャンバス(4パネル) 254 x 692cm(名古屋市美術館所蔵)

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