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月刊誌ナイルス・ナイル
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ナイスルナイルはよりよいライフスタイルを提案するカルチャーファッション誌です。
世界的に活躍する日本人画家、彫刻家などのアーティストをピックアップ。
このコラムは2005年12月号より2007年9月号までに連載した記事と現在執筆のもの。
2006.2月号 NO.109 カバーフォト:TONY---------発行:ナイルスコミュニケーションズ
[登場アーティスト]
杉本博司(No.107 )
篠原有史男(No.108 )
黒田アキ(No.109)
荒川修作(No.110)
中島由夫(No.111)
安田侃(No.112)
小林孝宣(No.113)
外尾悦郎(No.114)
ジミー大西(No.115)
松山修平(No.116)
草間彌生(No.117)
村上隆(No.118)
森万里子(No.119)
奈良美智(No.120)
川俣正(No.121)
千住博(No.122)
新宮晋(No.123)
リー・ウー・ハン(No.124)
絹谷幸二(No.125)
横尾忠則(No.126)
大竹伸朗(No.128)
ヘルマン・ニッチェ(No.176)

絵画とは? ー 黒田アキ(くろだあき)


 自分探しで悩んだことがある、いや今でも悩むことがある。
こんな疑問をもつ自分は子供じみているかもしれないが、自分が自分である、ということが理解できない。
父でも母でも弟でも友達のA君でもハリウッドスターでもなく、自分である。
それを決めているものとは? 自意識はどうやって形成されるのか? 遺伝子情報? 教育? それとも神?
 もちろん、いつもそんなことを考えていたら病気になりそうだからほどほどにしている。今更、幽体離脱して他人に乗り移ることができないのだから諦めるしかない。
 黒田アキ。1944年、京都生まれ。70年にフランスに渡り創作活動を続けるパリ在住の画家。
 彼の画業を簡単に記すと、78年、西ドイツでの個展を皮切りに(実は15歳で二科展に入選しているらしい)80年にはパリ・ビエンナーレ出品。同年、ミロなどを扱う世界的に有名なギャラリー・マーグでの個展。このときのカタログにヌーヴォー・ロマンの作家マルグリット・デュラスが寄稿するなど成功をおさめる。
 以降、現在まで世界各都市で多くの展覧会を開催。日本では93年に最年少で国立近代美術館と国立国際美術館での個展。また同年、パリ・旧オペラ座で再演された伝説のオペラ『パラード』の舞台装置を担当。ちなみに1917年初演のこの舞台では、音楽:エリック・サティ、コンセプト・台本:ジャン・コクトー、ピカソが舞台美術と衣装を担当しているほどの名作である。
 95年、サンパウロ・ビエンナーレに出品。2003年には南山城小学校にイギリスの著名な建築家リチャード・ロジャーズとのコラボレーションでインテリアを手がける。そのほか85年に雑誌『NOISE』創刊(92年最優秀美術雑誌を評するヴァザリー賞受賞)や『COSMISSIMO』紙(91年)を刊行するなどその活躍の場は多岐にわたる。
 ところで彼の絵画は独学である。父が同志社大学の経済学教授で浅井忠などのコレクターでもあり洋画家黒田重太郎の親戚にもあたった。そんな芸術的な環境で育った彼は、須田国太郎や河井寛次郎などに独学をすすめられたという。その是非はともかく大学卒業後、渡仏する。
 黒田アキの名を一躍世に知らしめたのは、アクロポリスのカリアティディスの彫像を連想させるシルエットを画面を引き裂くがごとく大きく配置し、周辺にドットや渦巻きを点在させ大胆なタッチと鮮やかな色使いで描いた絵だ。
 それらは研ぎすまされヨーロッパ的な洒脱な雰囲気をかもし出す。またリズミカルで躍動感あふれる筆さばきからは、きらめく色彩のメロディーが奏でられ心に響いてくるほどだ。
 そんな洗練されたイメージとはうらはらに、彼の作品タイトルには宇宙や世界、楽園などの言葉が多く登場する。また彼自ら発行している新聞には『COSMISSIMO』と名付けている。イタリア語だが直訳すると「もっとも宇宙的な」との意味だろう。それらタイトルは直接、作品のイメージにつながるようには思えない抽象的な言葉たちだ。
また93年、国立近代美術館に展示された作品の中に「ミノシデラル」という2点(ミノシデラルIは3枚一組)の絵がある。
 そのタイトルはギリシャ神話に登場するクレタ島ミノス王の「ミノス」と、「恒星の」を意味するシデラルを掛け合わせて作った彼の造語で、キャンバスにはミノス王の神話にまつわる牡牛のシルエットが大きく描かれている。
ところで「ミノシデラル」を単に「ミノスの恒星」と言葉通りに片付けるのは少し味気ない。
 その神話はというと ー ミノス王は王位継承を争っているとき海の神ポセイドンにクレタ王の証として牡牛を送ってくれるよう祈り、代償としてその牡牛を生け贄にささげる約束をした。しかし、その牡牛のあまりにも美しい姿に欲がでて約束を反古にしてしまった。
 怒ったポセイドンは王妃パーシパエーに呪いをかける。彼女は呪いのために牡牛と交わり、頭は牛で体が人間の怪物ミノタウロスを生んでしまう。ミノス王は発明家ダイダロス(息子はイカロスの墜落で有名)に迷宮(ラビリントス)を作らせ、その凶暴な我が子を迷宮奥深くに幽閉する。
 その後、ミノス王は戦争に負けたアテナイ(アテネ)にミノタウロスのための生け贄を強いる。3回目の生け贄にアテナイ王子テーセウスがまじり込み怪物ミノタウロスを退治。迷宮からもミノス王の娘アリアドネにもらった麻糸をたどり無事脱出した、というあらすじである。
 この神話について別の解釈をしてみたい。
 それは、ミノス王にとってミノタウロスとは人間の業、つまり醜いもう一人の自分のメタファー(暗喩)で、それは人間誰もが心のラビリントス奥深くにしまい込んでいるタブーのようなもの、とは考えられないだろうか。
 絵の話に戻るが、それがメタファーなのか、もしくはただ単に制作するためのインスピレーションにすぎないのかは知るすべはないが、その言葉の意味と絵が合わされると作品の魅力がとたんに増すから面白い。
 ここで強引な帰結が許されるなら、絵画とは探求であり、科学であり、神話=人間誕生=自分探し、というふうに画家は考えているのではないだろうか?! ギリシャ神話ではないが、黒田アキは絵画という鏡を使って、本当の自分を映し出そうとしているのではないのだろうか?
 なぜならその大きくぽっかり空いたようにみえる人形(ひとがた)はついさっきまで、黒田アキ自身が嵌っていたように思えてならないからである。
 自分探し。納得のいく答えはいつ得られるのだろうか!
※参考資料/黒田アキ 廻廊=メタモルフォーゼ(発行:国立近代美術館 1993年) [掲載写真]
1.(kuroda01.eps)「ミノシデラル II 」1993年、キャンバスにアクリル 270cm x 160cm 撮影:ジャン=ルイス・ロジ
2.(kuroda02.eps)「訪問者」1991年、キャンバスにアクリル 270cm x 170cm 撮影:ジャン=ルイス・ロジ

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